「ぼくの夏休み 九度山編」

学生のみなさん、夏休みが終わってしまいましたね。

大阪城天守閣も夏の開館延長期間を終了し、通常の午前9時から午後5時(最終入館時間は4時30分まで)にもどりました。

これからは、ライトアップで夜の天守閣をお楽しみください。

ということで、当閣の学芸員によるこの写真。昼間の勇壮な趣とは別の、天守閣の夜の顔。

ちょっと神秘的。

ライトアップは、毎日、日没を目安に午後11時まで点灯しています。

(点検等でお休みする場合もありますので、ご了承ください。)

 

さて、大坂の陣400年プロジェクト参加事業として「九度山・真田フォーラム」が開催されるということで、8月17日、夏休み気分で和歌山県の九度山町にお邪魔しました。

九度山とは、関ヶ原合戦の折、西軍に味方した真田昌幸・幸村親子が、敗戦後蟄居し不遇の日々を送っていた場所です。

真田とのつながりが深いこの町には、あらゆるところに六文銭があります。

九度山駅前の公衆トイレにだって六文銭。

 

この重みのある六文銭は、真田庵の門扉に刻まれていました。

 

九度山には真田ゆかりの地や伝説の場所もいくつかありまして、なかでも有名なのがここ。

 

お風呂じゃないですよ、イヤだなー。

 

THE 真田の抜け穴!

 

「大坂冬の陣」勃発前、豊臣に請われた真田幸村は、九度山を脱出して大坂城へと入城するのですが、その際なんとこの抜け穴を通って大坂城へと向かったと言われる伝説があるんです。

夢のある話ですねー。いや、夢あるかな?どうかな?

もちろんそれは伝説のお話で、本当は4世紀後半の古墳だということなのですが・・・。

 

なんと!この抜け穴伝説の場所のすぐ隣にこんな看板が!!!!!

と・・・通り抜け禁止。

 

「真田殿!お通り召さるな!」

さては徳川の差し金か・・・!

 

実際のところは、抜け穴のとなりのガレージを通り抜けないでください、という地主さんのお知らせなのでしょうけれど、いやいや、こんなおしゃれな偶然あります?

ここは、九度山の皆様の真田愛がこうさせたのだ、と私は思いたい。

 

おそらく九度山の方々は、真田親子をとても愛しておられると思います。

真田親子が隠棲したという地に立つ真田庵の庵主様の、

「ここに30年住んで、やっと彼らの思いというものがわかったような気がします。」

というお言葉、九度山の深い思い出になりました。

 

 

フォーラムは天守閣の北川央学芸員の講演、上方講談の旭堂南陵師匠による講談、この両名にOSK日本歌劇団の桜花昇ぼるさんと朝香櫻子さんを加えてのトークショーと目白押しの内容。南陵師匠と北川学芸員との「講談の内容は史実そのものなのか嘘なのか」というやり取り(南陵さんいわく「南北戦争だ!」)は、それがそのまま演目になりそうなおかしさでしたし、OSKのトップスターお2人によるミュージカル『真田幸村~草・燃ゆる~』の挿入歌の披露はきらびやかすぎておろおろするほどでした。

充実の3時間でございました。

 

また、フォーラムの舞台横に、「大阪城天守閣・大坂の陣400年プロジェクト」が作成したのぼりも掲げていただきました。

 

九度山町の皆様、どうもありがとうございました。

 

九度山、とてもいいところです。深い山に深い緑、落ち着いた丹生川のせせらぎ。

 

ああ、いい夏休みだった。

 

 

 

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