古建造物

 
●多聞櫓(重要文化財)

 この櫓は正しくは大手口桝形多聞櫓と呼ぶべきだが、京橋口・玉造口・桜門・極楽橋などにあった多聞櫓が全て焼失しているため、現在では大阪城内の多聞櫓はここのみである。
 多聞櫓の名称の起こりは、大和国多聞城において松永久秀が城門を固める石塁の上にこの様式の櫓を創始したことによると伝えられている。
 したがって各地の城に多聞櫓は見られるが、その規模の大きさにおいては、大阪城に現存する総高14.7メートルのこの多聞櫓が随一である。寛永5年(1628)の創建になるが、天明3年(1783)に落雷で焼失し、その後、嘉永元年(1848)に再建された。昭和31年に解体修理され今日に至る。この櫓の鉄(くろがね)門を大手の大門といい、上部を渡櫓、南に折れ曲がった部分を続櫓または続多聞と称している。