大阪城天守閣


2階ミニ展示 「ちょろけん登場!」

“ちょろけん”とは、江戸時代に京都や大坂で行われていた、家を一軒一軒回って芸能を披露し祝儀をもらう門付芸(かどづけげい)のひとつです。明治年間に入ってすたれましたが、昭和のはじめ、上方(かみがた)文化研究者の南木(なんき)(よし)太郎(たろう)さん(1882~1945)を中心とする上方郷土研究会によって復活が試みられ、研究会主催の行事や、昭和8年(1933)の大阪商工祭などで披露されました。

平成26年1月、この“ちょろけん”が大阪城天守閣の正月イベントに登場し、これをきっかけにテレビ局から出演依頼が舞い込むなど大きな話題になりました。以来“ちょろけん”は正月の大阪城の恒例行事になり、昨年にはついにNHK朝の連続テレビ小説「わろてんか」にも出演を果たしました。

今年も大阪城に“ちょろけん”が登場します。これにあわせて2階展示室では、大阪城と“ちょろけん”との意外なつながりがうかがえる、天守閣所蔵の資料を紹介します。

 

■展示品

●古写真 ちょろけん(写真パネル) 大阪城天守閣蔵

大阪で正月に行われた門付芸の一つで、長老(ちょうろう)(くん)(なま)ったものという。享保年間(1716~36)に大きな福禄寿(ふくろくじゅ)張抜(はりぬき)張子(はりこ))を(かぶ)って現れたのが最初といわれ、幕末には黒い帽子に(くちひげ)を生やした張抜を着たものや、顔を描いた(きれ)の袋を被ったものが現れ、(ささら)(先をさばいた竹)を()り、「ちょろが参じました。大福ちょろよ」と景気よく歌って街中を歩き廻ったという。写真は上方郷土研究会が復興したもので、昭和7・8年(1932・33)ごろの撮影。

古写真

 

 

 

●古写真 昭和8年大阪商工祭 浪速町人風俗行列の内 ちょろけん(写真パネル)大阪城天守閣蔵

昭和8年(1933)11月2日から3日間、大阪の繁栄を祝い先人を顕彰する大阪商工祭が、大阪商工会議所の発案にもとづき開催された。11月3日には、豊公入場列・江戸時代大名行列・浪速町人風俗行列の三大行列が行われ、上方郷土研究会の監修による浪速町人風俗行列では「正月礼者(れいしゃ)風俗」の一つとして“ちょろけん”が登場した。

一行は午前9時に堂島の大阪商工会議所を出発し、正午には大阪城に到着した。写真は大手前付近を進む“ちょろけん”。左奥には大阪城の(いぬい)(やぐら)が見える。

大阪商工祭の行列

 

 

 

●大阪商工祭記念 町方風俗行列之図 三世長谷川小信画(複製)  原本大阪城天守閣蔵

昭和8年11月2日開幕の大阪商工祭に先立ち、上方郷土研究会は同月1日発行の研究雑誌『郷土研究 上方』(第35号)を「大阪商工発達号」とした。その付録として作られたのがこれで、原品は江戸時代の錦絵の技法を受け継ぐ木版摺である。描いたのは大阪の浮世絵師、三世長谷川(はせがわ)小信(このぶ)(のち三世長谷川貞信、1881~1963)。

上方郷土研究会は、大阪商工祭の企画の一つである浪速町人風俗行列の監修を行った。本品は大阪商工祭記念の品であるとともに、南木芳太郎氏を中心とした上方郷土研究会による考証の成果、あるいは研究会会員に向けた本番前の紙上予告でもあった。“ちょろけん”は下段中央付近に描かれている。

大阪商工祭記念 町方風俗行列之図

 

 

●「大阪風俗図巻」の内 ちょろけん 三世長谷川小信筆(複製)  原本大阪城天守閣蔵

「大阪風俗図巻」とは江戸時代の大坂における様々な生業の人々の風俗をあらわした図巻。南木芳太郎氏監修のもと三世長谷川貞信が描いた。右は“ちょろけん”と同じく正月の門付芸として知られた春駒である。

大阪風俗図鑑の内

 

 

 

■参考

展覧会図録『古写真にみる なにわの行事・祭礼』(大阪城天守閣編集)

図録なにわの行列・祭礼 図録なにわの行列・祭礼2

 

 

開催日時 平成30年1月2日(火)~1月15日(月)
開催場所 大阪城天守閣 2階

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