今週の大阪城は! ”それ微妙?”

まず初めに、大阪城公園内にあります梅林速報でございます。
やはり今年は例年に比べ2-3週間遅い開花と言う事から、満開まではいましばらく時間が掛かりそうですが、早咲きの寒紅(かんこう)と冬至(とうじ)の模様を、いただきました!
まだまだ寒い毎日が続いてはおりますが、間違いなく暖かい春はきっともうそこまでやってきているはず!私もその日を心待ちにしてお城でのお勤めに勤しんで参りたいと思っています!
日本の歴史上勤しんだ方々と言えば、数ある中で戦国武将がその内に上げられる事かと思われますが、本日は梅を用いた家紋にまつわる戦国武将、そして彼の生きざまをご紹介!
梅の入った家紋で有名どころと言えば、豊臣政権の五大老でもあった前田利家(としいえ)公がまず上げられるかと思いますが本日は利家さんの4男であらせられた利常(としつね)さんにスポットを当ててみたいと思います。
大阪城天守閣・5階に大坂夏の陣図屏風の世界より前田家の梅鉢(うめばち)家紋と利常さんがこちら。

この凛々しいお姿の利常さん、この大坂夏の陣の後、お家存続の為苦肉の策を取ります。
この時代武将たちは、生きるか死ぬか、一挙手一等足お家や主君の為に奔走していた訳でございますが、この彼がお家を守る為に取ったうちの一つの策に、なんと、意外にも鼻毛を伸ばしていた事があったと伝えられています。
鼻毛とお家存続が深い関わりを持つとは意外ですが、実はこれ、鼻毛を伸ばし暗愚を装い、徳川幕府に決して警戒されないようにしていたとの事です。
“能ある殿は鼻毛出す”と言った所なのでしょうか、その努力の甲斐も
あってかめでたくお家存続し、江戸幕末までしっかりと生き抜いた前田家。背に腹は変えられぬ苦肉の策だったのかどうかという所で、常に話しに落ちを付けたくなる大阪人としては彼の亡くなった際に与えられた戒名の”微妙院”に着目してしまう訳です。鼻毛を伸ばして馬鹿な振りまでしてお家の為に頑張ったという彼に、”微妙”とは何ともおあとがよろしいようで・・・?それ、微妙?
微妙では無い素晴らしい武将の生きざまをご覧になっていただける
”武将たちの生きざま” 常設展を現在3階開催しております。
是非お立ち寄りください。
<夢まろ子> |