(C)Hiroshi Tonoshiro



復元した戦国武将の兜を、陣羽織と共に試着し、写真撮影をしていただけます。お友達同士で、またお一人様からでも気楽にご参加ください。

▼開館時間中
▼天守閣 2階
▼一人300円


■試着していただける兜

兜一覧

秀吉の着用品として名高いこの兜の現物は、天正15年(1587)の九州攻めのおり、秀吉が蒲生氏郷(がもううじさと)の家臣、西村重就(にしむらしげなり)に与えたものです。菖蒲(しょうぶ)の一種である馬藺(ばりん)の葉29枚をかたちどって装飾とし、現在にも通じる気品の高さをうかがわせる名兜中の名兜です。
鹿角の兜を身につけて奮戦する真田幸村の勇姿は「大坂夏の陣図屏風」(当閣蔵、重文)にも描かれ、豊臣5万の軍勢の中でもひときわ目立ち豪快かつ華麗なものでした。この兜は、こうした歴史資料を参考に試着用として作製されたものです。豊臣方屈指の勇将として敵からも称えられた幸村の姿を彷彿とさせてくれます。
賤ヶ嶽七本槍の一人として有名な加藤清正は、早くから秀吉の天下統一事業に参加した武将です。清正の着用した兜は、桃山時代に中興した烏帽子方というタイプの変わり兜をさらに長大に変形させたもので、長烏帽子の左右と吹き返しには加藤家の「蛇の目紋」をあしらっています。
槍をとっては天下に敵なしとうたわれた後藤又兵衛は、黒田長政(くろだながまさ)の武将として関が原の合戦などで武名を轟かせました。大坂夏の陣の小松山争奪戦では、豊臣方として奮闘するも、名を惜しみ節を全うする武士の華として、美しく散りはてたと伝えられています。この兜は、関ヶ原合戦図屏風を参考に、オリジナリティを加味して作製されたものです。
秀吉の命を受け、大阪城の縄張りを行った黒田官兵衛孝高(号 如水。豊前国中津城主)の兜で、戦場では「如水の赤合子」として恐れられました。原品は盛岡市中央公民館所蔵。

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