(C)Hiroshi Tonoshiro

 3階展示室

秀吉の城  

 秀吉が築いた城をいくつご存知ですか。

織田信長の部将時代には長浜城、姫路城。天下統一の拠点として山崎城、大坂城。関白の政庁として聚楽第。側室と子どものために淀城。朝鮮出兵の基地として肥前名護屋城。隠居所として伏見城。そのほか小田原北条氏を倒すために築いた石垣山城など、小規模なものも含めたらたいへんな数になるでしょう。

 城と聞いて私たちがまず思いうかべる天守閣や石垣は中世の山城にはなかったもので、信長の安土城で本格的にはじまりました。それらの特徴をもつ豪壮華麗な近世城郭は秀吉の時代に普及しますが、秀吉の築いた城々は、各地の城のモデルとなっていきました。また全国の大名たちは秀吉の城づくりに参加させられることで、築城の手法をまなびました。

 こうして築城技術の伝播という面では、庶民を苦しめた秀吉の普請好きにも大きな利点のあったのです。秀吉が築いた「城」に視点を置いて天下統一の足跡をたどります。

 ■主な展示品
  ・ 金箔押菊文大飾瓦(大坂城出土)    <大阪城天守閣蔵> 
  ・
金箔押桐文軒丸瓦(伏見城出土)    <大阪城天守閣蔵>
  ・
豊臣秀吉朱印状(秀吉没後、その死を隠して発行されたもの)

                            <大阪城天守閣蔵>

  ・ 御召緒太(伝 後陽成天皇より豊臣秀吉拝領)

                                                      <大阪・銀山寺蔵>
  ・ 金団扇(伝 豊臣秀吉より下間仲之拝領)

                           <大阪城天守閣蔵>

  ・ 伝 豊臣秀吉御座船船印瓢         <個人蔵>             

開催期間

平成20年5月8日(木)〜7月23日(水)(仮)

場所 大阪城天守閣3階展示室

 4階展示室

南蛮貿易の時代  

 かつての日本には、世界が注目するほど鉱物資源の豊かな時代があり

ました。それは、16世紀中頃からの銀の大量産出をきっかけに幕を開けます。日本の銀は、朝鮮、明【みん】(中国)に流れて東アジア海域の貿易を活発にしました。

 これに目をつけたのが、当時アジアに進出していたポルトガルです。

日本とポルトガルとの貿易は、日本の銀が東アジアに流出してから20年ほど後に実現し、ついでスペインとのあいだでも貿易がはじまりました。その頃の日本人は両国のことを「南蛮」と呼んでいましたから、こんにち、私たちもこの貿易を名付けて

「南蛮貿易」といっています。南蛮国との交際は、生糸をはじめ、絹織物・綿布・水銀・砂糖など実に多様な品々を日本に

もたらしました。あわせてこの時期、キリスト教や西洋の学術・風俗なども伝来し、日本は大きな影響を受けたのです。

 今回の展示では、16世紀中頃から17世紀初頭にかけて行われた南蛮貿易に焦点を当て、南蛮人と日本人との交流を描いた屏風、海外へと乗り出した商人や大名の手紙などを紹介いたします。

 ■主な展示品    ・ 重要文化財 南蛮屏風               <大阪城天守閣蔵> 
               ・
木瓜桐文緋羅紗陣羽織            <大阪城天守閣蔵>
                           ・
紅糸釘抜紋柄威二枚胴具足    <大阪城天守閣蔵>
                           ・ 花樹蒔絵螺鈿洋櫃                    <大阪城天守閣蔵>

                           ・ 刀 銘(三葉葵紋)以南蛮鉄於武州江戸越前康継  <大阪・高原家蔵>

開催期間

平成20年5月9日(金)〜7月23日(水)(仮)

場所 大阪城天守閣4階展示室




終了した展示
平成20年終了展示
平成19年終了展示
平成18年終了展示

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